変身

ある朝、僕がなんだかふわふわした夢からふと目覚めてみると、隣に眠る彼女が一羽の皇帝ペンギンに変わってしまっているのに気がついた。

 

それはもちろん、「猫みたいな女の子」のような、つまらない比喩ではなくて、彼女には嘴もあるし平べったい翼もある。

 昨日の夜、一緒に眠った時には、確かに細い手足に柔らかな髪の毛の可愛い人間の女の子だったはずなのだが、目が覚めたら僕はペンギンと添い寝をしていた。そういえばよく見ればつるっとしたお腹のあたりには彼女の面影が、よく見なくても全くない。

 

僕は彼女の変身に、たいそう驚いたのだけれど、彼女はそうでもないようであっさりと自分がペンギンであることを受け入れて、今は水風呂に気持ち良さそうにぷかぷかと浮かんでいる。

「水風呂、きもちいい?」

そう尋ねると、こくこくと頷いた。

どうやら(発声器官の関係で)喋ることはできないけれど、こちらの言葉はわかるらしい。先ほどのように頷いたり、ぶんぶんと首を振ったりして、意思表示をしてくれる。

 

大学はしばらくの間夏休みだし、僕も彼女も帰省の予定はないから、彼女がペンギンになっても、まぁ、とりあえずは誰も困らない。もし彼女がこのままペンギンのままだったとして、僕はこの問題をどこに持ち込むのが正解なのだろうか?案外、売れない小説家あたりに話のネタとして持ち込むのが1番良い気もする。

 

「ペンギンになった心当たりあるの」

そう尋ねると彼女は僕から顔を背けた。彼女が僕から顔をそらす時は、いつも何かやましいことがあるときだ。(僕が冷蔵庫に取っておいたプリンを食べたことがバレた時とか。)なるほど、彼女には自分がペンギンになった理由が分かっているらしい。これで、朝、ペンギンになった自身の姿を見てもあまり驚かなかったことにも説明がつく。

「ちなみに、戻る予定は?」

彼女が頷く。戻る予定も、あるらしい。なら、「なら、まぁいいか」そう言って、彼女の頭を撫でる。人間の女の子だった時の柔らかな髪の毛もとても魅力的だったけれど、羽毛は羽毛でなかなか悪くない触り心地だ。彼女も嬉しそうに頭を振る。その仕草があんまりにいつも通りで、思わず僕は微笑んでしまう。

 

                              ◆

 

晩御飯は刺身にした。本当は魚屋で新鮮な魚を買ってきて捌いてあげたかったのだけれど、彼女の美味しい手作り料理に飼いならされた僕にそんな技能は無かったので、近所のスーパーでちょっとだけ豪華な盛り合わせを買った。

彼女はそのまま、僕はわさび醤油をつけて刺身を食べる。彼女の口元に刺身を箸で近づけてやると、びっくりするような速度で刺身が消えた。結局、僕の倍くらい食べたんじゃないだろうか?

「そういえば、海に行きたいからダイエットするって言ってなかったっけか」

と呟いたら、そんなつまらないことを思い出すな、と言わんばかりに手をくちばしでつつかれた。

 

彼女を抱えて入ると、ユニットバスはすごく狭かった。つねづね狭いと思っていたけれど、人間の女の子の時の方がペンギンになった時よりも、さすがに細かったらしい。伝えたらまたつつかれそうだから、黙っておいたけれど。

普段通りの41℃の風呂に入ったら彼女がペンギン鍋になってしまうので二人で水風呂に浸かる。いつものように頭と体を洗ってやると彼女は幸せそうに目を細めていた。

 

   ドライヤーで全身を乾かした後、ベッドで腕枕をした途端に眠ってしまった彼女の顔をみる。どうやら寝つきがいいのはペンギンになっても変わらないらしい。

 

ふと、今日は一度もしてなかったな、と思い立って眠る君のひたいにキスをする。君が寝返りをうって、僕に擦り寄ってくる。

手の中に転がり込んできたささやかな幸福感と、君の体温を抱きしめて思う。

 

やっぱり、僕はどうしようもなく君が好きだ。例えば君がペンギンになってしまったとしても。

 

 

 

 

                              ◆

 

 

 眼が覚めると、私はペンギンから人間の女の子に戻っていた。少し見上げると、私を抱きしめたまま、なんだか幸せそうな顔で眠っている彼の顔が見える。私はやっぱり彼が好きだ。私がペンギンになっても、まっすぐに私を見つめてくれる、彼のことが。

彼が目を覚ましたら、ペンギンに変身して悪戯をしたことを謝って、二人で一緒に遊びに出かけよう。

 

でも今は、まだもう少し、この幸せの中で微睡んでいたい。

私は彼の、男のくせに綺麗な唇にそっと口付けて、その腕の中にもう一度潜り込んだ。