よるがくればまた

夜になると、貴方を思い出す。それが私にかけられた呪いだ。

 

                             ◆

   

私が貴方に関する思い出を引き出せるのは、日が沈んだあと、仄暗く光る夜が世界を包んだあとだけだ。太陽が空を支配する間は、何度も呼んだその名前も、いつも私を抱きしめてくれた優しい腕も、男のくせに驚くほど柔らかな唇の感触も、どんなに強く覚えていようと思っても、掌の中のねこじゃらしのように、するすると抜け出して私の中から消えてしまう。

 

私にかけられたこの呪いには、小難しい病名が付いていて、なんでも大きな精神的ストレスに伴って発症する精神疾患の一つであると、医者は言う。でも、やっぱり私は、これは貴方が残した呪いなのだと、そう信じていたい。貴方はとても寂しがり屋で優しくて、不器用だけれど、確かに私を好きでいてくれたから。

 

この呪いのおかげで、私は今日も元気に生きていられる。もしも私が、昼間も貴方のことを思い出せたとしたら、きっと、もっとずっと前に私は壊れてしまっていただろう。
そう、私は今日も生きている。貴方がもうどこにもいない、この世界で。しっかりご飯を食べて、きちんと息をして、ちゃんと笑って生きていく。

 

「もし俺がいなくなったら俺のことは忘れて、幸せになってほしい」
と、あの頃よく貴方は言っていた。この大嘘つき、とまた貴方に会えたら、そう詰るつもりだ。本当に心からそう思っていたのだとしたら、こんな中途半端な呪いをかけないで欲しかった。貴方を忘れることを、幸せだなんて言って欲しくはなかった。
私はどんなに夜が寂しくても、貴方を忘れてしまいたくはない。たとえそれで私が壊れてしまおうとも、二度と貴方に会えないとしても、貴方を忘れてしまいたくはない。私は貴方がいなくなってしまったからと言って、貴方を好きであることを決して止めたくはない。
私は、朝が来ないままで息をして、貴方の思い出と、生きて行きたいのだ。

 

                            ◆

 

そうして、今日も貴方を想う夜は明け、新しい朝が来る。大切だった誰かのことを忘れて私は目覚める。