彼女は夜空を背負ってた

 

彼女は夜空を背負っていた。
僕は、彼女のきめ細やかで白い肌に浮かぶ黒子をつないで、夜空に星座を見出した。

 

首筋に浮かぶ北極星を中心に二人だけで星座と神話を紡ぐのが、僕らが一緒寝た夜の決まりごとだった。


「今日は何が見つかった?」

「『電気羊の夢を見るアンドロイド座』かな」

「本気で言ってるの?人の背中で遊ばないでよね…」


本当にある星座を紡ぐ代わりにそんなくだらないオリジナルの星座を紡いだりもした。

 

          ◇

 

まだ僕が中学生だった頃、高校生だった兄が天体望遠鏡と星座図鑑を買った。
高校生というのは、なんだかよくわからないものに熱意を注ぐ生き物だと、自分も高校生を通り過ぎた今となってはわかる。僕も読めもしない洋書を集めるのに熱中した。
兄が飽きたあと望遠鏡と図鑑を譲り受けた僕は決して僕の手が届かないその世界に憧れた。実際に遠く文字通り幾星霜もの時を越えて、たった一瞬僕の瞳を通り過ぎる光に、中学生のセンシティブな僕の心は確かにある種の形で救いを与えられていた。

その頃覚えた、古き人々の産んだ物語を僕は彼女の背中に幾夜も超えて語り継いだ。
多くの怪物を打倒し、数々の試練を乗り越えた果てに非業の死を遂げた英雄の話、英雄に踏み潰された蟹の話、美女を攫うため、雄牛に化けた神様の話。そして、僕が一番好きだった腕のいい狩人、オリオンの物語。

 

          ◇


永遠に続くような気がした夜も気がつけば朝日の中に薄く消えていって、君の夜空は見えなくなってしまった。星に込められた物語を誰にも語らなくなって随分と長い時間が経つけれど、僕は今でもたまに独り思い出す。君の目元に輝く北極星を。君の背中に浮かぶ無数の星座を。