「髪、切ったんだね。」

僕は肩ほどまでもあった彼女のつややかな黒い髪に思いを馳せる。

「そうなの。彼、短いほうが好きだっていうから。」

そう言って彼女は柔らかそうなボブの毛先を指先でもてあそぶ。そういえばあいつは昔からショートヘアの女の子が好きだった。確か、中学の頃に好きだったテニス部のあの子も、高校で付き合っていた胸の小さな図書委員の後輩も髪の短い女の子だったような気がする。

 

もちろん僕は乙女心がわかる男なので、彼女の恋人の昔の女の話など持ち出さない。

彼女に話せないようなあいつの話なら、他にも山ほど知っている。中学から大学まで一緒なのだ。当然あいつも、僕が漫画の主人公に憧れて魔法の詠唱を練習していたことや、高校の卒業式にクラスのマドンナに告白して、手酷くフラれたことを知っている。

もっとも、僕があいつの秘密を洩らさないのは、友情からではなく、彼女の悲しむ顔を見たくないからだ。そもそも、僕らの間にあるのは友情というよりも、たぶんもう少しだけ雑な関係だ。まぁ、一般に男同士の友情なんてそんなものなのかもしれない。

 

今、僕の隣に座ってドーナツを食べている彼女が、いつの間にか僕らといるようになったのはいつからだったろうか。少なくとも彼らが付き合いだした大学一年の秋よりは前なのだろう。

たぶん、彼女のことを先に好きになったのはあいつじゃなくて僕だ。もちろんそれを二人に言ったことはないし、言うつもりもない。言ったところで一体どうなるというのだ?

彼らが付き合いだしても、僕らはよく三人で遊びに行っている。早くお前も彼女作って、ダブルデートしようぜなんてあいつは言うけれど僕の心はお前の隣のその子にとっくに奪われている。

僕は彼女の夜を映したような黒い髪も、春の生え始めのつくしのような可愛らしい笑顔も好きだった。あいつの好みに合わせてバッサリと切ってしまったのを本当に勿体ないと思う。

 

なぁ、親友、お前がもっと嫌な奴だったら、どれだけよかったろう。

僕と彼女は駅前のドーナツ屋で座ってドーナツを頬張る。

あいつの乗った電車はまだ着かない。

 

僕はさっきからずっと、美容院の床に彼女が散らかした夜のことについて考えている。