渇いたキス


行為が終わった後、ベッドに腰かけてサイドテーブルの上の煙草に手を伸ばす。オイルライターのひんやりとした温度が火照った手のひらに心地よく伝わる。手入れの手間はあるが、僕は使い捨てライターではなく、オイルライターで煙草を吸うのが好きだ。それが魅力的な女の子と寝た後ならなおさら。

必要以上の手間をかけて煙草を吸うことは、儀式的な要素がその行為をより高尚に見せるという点においてセックスと通じるものがある。

 

洗濯したての白いシーツの上に寝そべってスマートフォンをいじる彼女の顔が青白いバックライトに照らされている。初めてのころは終わった後もお互い何だか気が張っていたが、最近は心地よい倦怠感と安堵が少しだけ甘い雰囲気の残る部屋を満たすようになった。

 柔らかな彼女の背中越しにスマートフォンの画面を覗き見る。僕の知らない女優が結婚したニュースで画面の向こう側は賑わっていた。

 

起き上がって煙草の灰を発泡酒の空き缶の中に落とす。締め切った部屋の天井に半透明の煙が吸い込まれていく。

「ねぇ、煙草っておいしいの?」

半分身を起こして足元に脱ぎ捨てられた水色の可愛らしい下着を身に着けながら彼女がそう尋ねる。

「おいしいよ。吸ってみる?」

僕はそう言って半分ほどの長さになった煙草の吸い口を彼女に差し出す。

彼女はしばらくその吸い口と差し出した僕の指を見つめていた。常夜灯が付いただけの薄暗い部屋の中に煙草の紅い火が泳ぐ。

 

少し不自然なくらい長い沈黙の後で彼女が口を開く。

「口移ししてみてよ、煙。」

「絶対むせるよ。それにたぶんおいしくない。」

普通に吸えばいいのに。と僕が言うと、彼女は気持ち悪いって言わないでねと前置きをした上でこう言った。

「私の吐息にもあなたの印を付けてほしいの。首にキスマークをつけるみたいに。あなたの煙で私に印をつけて。」

「それはちょっと気持ち悪いかも」

だから、気持ち悪いって言わないでねって言ったじゃない。そう言って膨れてそっぽを向いた彼女の顎に手を添えて振り向かせて唇を重ねる。もちろん口にはいつも吸い込むよりも少しだけ多くの煙を含んで。吸い込みすぎたせいか、それはいつもよりも尖った味がした。

案の定ひどくせき込んだ彼女がするなら言ってよ、と抗議の声を上げる。僕はそれを無視して煙草を吸い込む。背中から伝わる温度が心地よかった。

 

                 ◇

 

僕は今でもあの銘柄を吸うたびに僕の煙でむせていた彼女を思い出す。

結局僕らはうまくいかなくなってしまったけれど、決して険悪な別れ方をしたわけじゃなかった。もしかしたら、またいつか僕らの道が重なることもあるかもしれない。

 

どうかその日まで、彼女の肺が僕の煙でだけ汚れていますように。彼女があの煙草の匂いを嗅いで思い出すのが僕でありますように。