Simply having a wonderful Christmas time

先輩にクリスマスイヴに呼び出されたので、ほんの少しだけ期待に胸を膨らませて出かけていった先で俺はサンタクロースのコスプレをさせられた。なんでもケーキを売る単発バイトで一人無断欠勤が出てシフトに穴が開いたらしい。

断ろうと思ったが半泣きの先輩を見捨てるわけにもいかずいやいや俺はサンタクロースになった。

 

ファッキンクリスマス。そんな悪態を吐きながら俺は先輩と二人で粛々とケーキを売る。騒がしいクリスマスソングが耳障りだった。

ケーキを買っていく奴らはみんな揃いも揃って笑顔で一体何が楽しくてこいつらはこんなに浮かれているのだろう?と俺は不思議に思う。雀荘とコンビニと家を往復するだけの俺にはわからない類の楽しさがクリスマスにはあるのだろう。俺も子どものころはクリスマスを楽しんでいたっけ、毎晩飲んでいるアルコールで痺れた頭ではうまく思い出せなかった。少なくとも今は「イイ子」にしかプレゼントをやらないサンタクロースなんてただのクソジジイだ。俺はそう思う

恋人つなぎを会計の間も決して離さないカップルにケーキを売り付けた途端、なんだか急に働いているのが馬鹿らしくなった。先輩がミニスカサンタだったらやる気が出たかもしれないが、あろうことか先輩はトナカイの着ぐるみを着ていた。

トイレに行ってくると告げて売り場を離れる。先輩は何か言いたげな顔をしていたが、ちょうど客が来たおかげでうまく逃れられた。俺は煙草を吸おうとデパートの外の喫煙所へ向かう。店の中はどこもかしこもクリスマスクリスマスクリスマス正月クリスマス。まったく頭が痛くなる。

 

 

外では雪が降り始めていた。煙草を取り出そうとポケットに手を入れる。おかしい、出かける時、確かに入れた煙草が見当たらない。正確には、手触りはあるが箱が取り出せない。俺はそこで自分がまだサンタクロースの格好であることに気がついた。道理でさっきからすれ違う人がちらちらこっちを見てくるわけだ。クリスマスなんて糞喰らえと思っている俺が、街を歩く人たちの中で一番それに似つかわしい格好をしているのはあまりに皮肉で笑えた。

早くこの馬鹿げた衣装を脱ぎたい。そう思い、早足でトイレを探しているとふいに服の裾を引っ張られた。振り向くと予想よりもずいぶん低い位置に俺の裾を引いたそいつの頭があった。

「サンタさん…ママいなくなっちゃった…」

そういって小さな女の子は今にも泣きだしそうな顔をしている。それがなんだか俺にバイトを頼んできた先輩の顔と被った。

 

「迷子か。サービスカウンター行けばいいのか?こういうの…」そう独り言を口にしたものの、女の子がそんなことを知るわけがない。知っていたら俺を頼らない。

そのまま放っておくのもなんだか寝覚めが悪くて、俺はその子の面倒を見ることにする。クリスマスだろうと何だろうと、子どもは無条件に幸せであるべきなのだ。それは捻くれた俺に残った数少ない良心だった。何も悪いことをしてない奴が不幸になるような世の中はクソだ。

 

俺は「一緒に探してやるから泣くなって。」と女の子に言い聞かせて手をつなぐ。あぁ、迷子センターに連れて行けばいいのか。どこにあるかわからないけど。

手を引いて歩いていると、「サンタさん歩くの早い。」と文句を言われる。歩幅が違いすぎる相手と人は並んで歩けないのだ。それは大人同士でも。

 俺は手を繋いで歩いているのがめんどくさくなって手を放す。なぜ手を離されたのか分からないといった顔の女の子の前でしゃがんで、自分の背中を指さす。

「おんぶしてくれるの?」

「あぁ。早く乗れよ。サンタの背中に乗るなんて滅多にないチャンスだぞ。」

背中に恐る恐る、といった感じで重みがかかる。肩に手が置かれたのを確かめて立ち上がる。

 

 

「今日はね、ママとパーティーの準備しに来たの。今夜はパパも早く帰ってくるって。」

「そりゃよかった。」

「サンタさんは今夜大忙しだよね。準備できてるの?」

「…まぁぼちぼちかな。トナカイも今ケーキ捌いてるとこだろ。」

女の子はさっきまでの泣きそうな顔がまるでウソ泣きだったかのようにケロッとしてよく喋った。迷子センターに着く頃には俺は今夜のプレゼント配送の予定をすっかり想像するハメになったし、ありもしないプレゼント製造工場の話まででっちあげることになった。

 

 

迷子センターに少女を預けてその場を立ち去ろうとすると、また裾を引っ張られた。どうやら母親が来るまでここに居ろ、ということらしい。

「わたしいい子にしてたし、プレゼントもらえるかなぁ。」

「貰えるだろ。いい子にしかプレゼントやらないなんてケチくせぇ。どうせやるならみんなにやりゃいいんだ。」

「サンタさんなのにいい子じゃなくていいなんて、変なの。」

「うるせぇ。サンタクロースにもいろいろあるんだよ」

 

 

お決まりの迷子放送をかけて十分もしないうちに女の子のママは迎えに来て、ちょっと引くくらい俺は感謝される。バイバーイ、ありがとうサンタのお兄ちゃん。と手を振る後姿を見届けてから、すっかりサンタクロースになった自分を思って苦笑いする。

 

店内でかかっているクリスマスソングがいつの間にか流行りのJ-POPからポールのWonderful Christmas Timeに代わっていた。へぇ、なかなかセンスのいい曲をかける奴もいるじゃん。そう思いながらトナカイのところへ戻る。俺は今、サンタクロースなのだ。役目は果たさねばなるまい。

 

トナカイは戻ってきた俺を見つけると顔がぱっと明るくなってすぐ怒った顔になって最後に例の泣きそうな顔になった。

「よかったぁ、すっぽかして帰っちゃったのかと思った。」

「まさか。トナカイだけにプレゼント配りさせたりしませんよ。」

ところで何してたの?と尋ねる先輩に「ちょっとサンタクロースして来ただけです」と答える。それってどういうこと?あとできかせてね、という先輩をあしらって俺はケーキを売る。

 

ファッキンメリークリスマス。俺は久しぶりにサンタクロースという幸せな嘘とクリスマスというお祭り騒ぎが少しだけ好きになれたような気がした。