ひなげし
成人式で見た彼女は僕の知らない女になっていた。
ダサい丸メガネをアイラインに、野暮ったい三つ編みを明るい茶髪のふんわりした髪型に、揃いの修道女みたいな制服を派手なドレスに変えた彼女が誰なのか、僕にはわからなかった。
彼女のほうから声をかけて来なければ、おそらくそれが彼女だと気が付かなかっただろう。立食形式のパーティー会場で目が合うと、彼女はまっすぐ僕に近づいてきた。
「おい、あれ誰だ?」
「あんな垢ぬけた子、俺らの学年にいたか」
「おいこっち来るぞ」
僕の周りの男たちのそんな声を無視して、いささか近すぎるくらいにまで近づいて彼女は口を開く。大学でよく見る、僕からするといまいち顔の区別もつかない女が纏うような甘い匂いがする。それが鈍い頭痛を誘った。
「久しぶり。私が誰だかわかる?」
その懐かしい声で目の前の見知らぬ女があのころ一番長い時間を過ごした君なのだとわかる。
あぁ、彼女も変わってしまったのだ。僕がそうであるように。
◇
「あ、ねえ、あの花知ってる?」
隣を歩く彼女が花壇を指さす。そこに咲いていたのは薄い花びらを持つ赤い花だった。
「いや、知らないな。見たことはあるけど名前までは…」
「あれはね、ひなげし。私の名前と似てるでしょ。」
これで覚えたでしょう?と言いたげに彼女はにっこり笑う。そのあどけない笑顔はどちらかといえば「可愛らしい」と称されるのがふさわしいもので、ひなげしのどこかグロテスクな美しさとは対極であるように思えた。
◇
ベッドの上で白い下着を剥ぎ取る。甘い官能的な匂いが強くなる。色めいた吐息が耳にかかる。変わってしまった女の変わらない声が僕の名前を呼ぶ。やめろ、彼女の声でその呼び方で僕を呼ぶな。僕はそうすればかつての彼女が帰ってくるような気がして、彼女の名前を呼ぶ。その呼びかけに応えるようにきつく締まる知らない女の中で僕は果てる。
だらしなく寝転がっていると女が微笑みかけてきた。一輪のひなげしがそこに咲いていた。