箱庭

夢を見ていた。

 

そこは高い壁に四方を囲まれていて、空だけが外と唯一繋がっていた。地面の半分くらいは少し茶色の混ざり始めた芝生に覆われていて、もう半分は石畳で作られた細い道と小さな広場がひっそりと自分の領地を主張していた。

 

広場には一本の楓の木が生えていた。葉が赤く染まっていた。桜の樹の下には死体が埋まっているという。確かめてみたことはないけれど、きっと楓もそうだ。

 

紅葉のおかげでいまは秋なのだと僕は気がつく。なるほど、この心地よい風は確かに秋のものだ。僕は自己主張の少ない、控えめな秋という季節が好きだ。夏ほど苛烈でもないし、冬ほど静かでもない。そして春ほど蠢かない。死にゆく老人のように穏やかな秋が、僕は好きだった。

 

楓の木に近づいた僕は、木に寄りかかって眠っている男がいることに気がつく。僕は小さく寝息をたてる男の顔をどこかで見たことがあるような気がした。いったいどこでだったろうか?僕がそれを思い出す前に男がゆっくりと目を覚ます。彼は寝ぼけ眼で僕に話しかける。

 

「やぁ……いつぶりだろう」

「起こすつもりはなかったんです。あの、ここがどこで、どうやって来たのかもわからなくて。ここはどこなんですか?」

「ここかい?……まぁそんなことは大きな問題じゃないよ。時間が来たら、君は帰れる。そんなことより、話をしないか?こうして君に会うのは本当に久しぶりなんだ。」

「……ごめんなさい、僕もどこかであったような気はするんですけど思い出せなくて。」

「いいんだ、君が忘れていても。僕は覚えている。」

 

男はそう言うと目を細めて僕に向かって微笑んだ。優しい微笑みだ。やっぱり僕はこの人に会ったことがある。この微笑みを僕は知っている。


彼と僕はいろいろなことを話した。ここから出られないということを僕は少しも心配していなかった。彼が「大きな問題じゃない」と言ったのだ。それはおそらく本当に大きな問題ではないのだろう。彼の声には人を安心させるところがあった。

大赤字を出したことで有名な映画のこと、今まで読んで一番悲しい気持ちになった本のこと、美味しいビールの飲み方、気持ちよく音楽を聞くためにするべきストレッチ。彼と話しているのは心地よかった。彼は世界に存在するものすべてを肯定しているように僕には思えた。くだらないこと、下世話なこと、醜いもの、美しいもの、大切なこと。どれも「ただそこにある」ということだけで彼にとっては等しく大切なものらしかった。その穏やかさは秋のようだった。

 

いつの間にか日が暮れて、冷たい風と共に夜がやってきていた。段々と空が橙色から紫を経て黒へと染まっていく。

「さぁ、そろそろ時間だ。楽しかったよ」

もうほとんど暗闇の中で輪郭しか見えなくなった彼がそう言う。

「僕も楽しかったです。また会いましょう」と言いかけて、僕はそれを飲み込んだ。きっとこの人とは二度と会えない。と僕にはわかった。彼と会えるのは今この時が最期だったのだ。だから、彼の方からわざわざこうして僕のための箱庭を作ってくれたのだ。

僕は彼を知っていた。それはこの日の彼ではないけれどそれでも確かに。

 

             ◇

 

研究室で眠ってしまっていた僕は電話のコールで目が醒める。電話を取る前からそれが悲しい知らせであることを僕は知っている。窓から見える楓の葉はほとんど落ちてしまった。秋が終わる。冬が来る。