ドライブ

「俺はあの子に、俺以外と幸せになって欲しくないんだよ」
運転席の友人がそう呟く。やれやれ、全く身勝手な話だと僕は思う。別れた恋人の幸せを願うのが、元彼氏が唯一示せる愛情じゃないか?
さっきから渋滞は少しも進まない。日はすっかり沈んで、空の縁はオレンジから紫色に変わり始めている。


「そんなこと言ったって、お前は早々に別の女の子と付き合ったじゃん」
僕は、前の車の赤く光るブレーキランプを見つめながら言う。ナンバーは「8191」どう足し引きしても10になりそうもない。外れだ。


「今付き合ってる女の子がいないのに、好意に応えないのは不誠実じゃないか?」
友人が僕の目を見て言う。渋滞とはいえ、運転中にこちらを向くのは危ないから止めてほしい。そもそもこいつはこんなに人の目を見る人間じゃなかった。就活のせいだろうか。恐ろしい話だ。


「……まぁ、そういうこともあるのかもしれないな」
人には色々な誠実さの発揮の仕方があるのだと僕は思う。たぶん、世界に存在する犬の種類くらい。マンチカンは犬の種類だったか、猫の種類だったか。少しも思い出せそうにないので、考えるのを止めて4桁の数字を四則演算でなんとか10にできないか挑戦しなおす。


「そもそもとっくに別れてるわけだし。お前が本気でその子を好きなら僕から言うことは何もないよ。元恋人に『俺以外と幸せにならないで欲しい』ってのは最高にエゴイスティックだと思うけど」と僕は言う。
実際のところ、友人が誰と付き合っても知ったことではない。19歳を好きになってもサボテンに恋をしても、55歳と結婚しても友人であることは変わらない。
友人はしばらく黙ったあと、遠く夕焼けに染まる小さな入道雲もどきを見ながら言う。もうすぐ雨の季節が訪れて、それが終われば夏が来る。


「好き……だけど、それは前の彼女の好きとは違うんだよ。俺の人生を賭けたいと思えるかどうかってところで。寂しがり屋の女好きって言われたらそれまでだけど、それでも俺は、あの子に俺の人生を賭けたかったんだよ」
僕は、それを聞きながら、何度かあったことのある友人の元恋人のことを思う。綺麗な女の子だけど悪い男とか駄目な男に弱そうだった。どうやら見た目通りだったらしい。


「お前は違うのかよ?クールぶってるけど、そういうふうに少しも思わないって言えるのか?」
こいつは、とっくにエンドロールまで終わってホールの電気までついた映画の結末に、いつまで不服申立てをするつもりなのだろう?


いつの間にかあたりは暗くなっていて、友人の顔は見えなくなっている。
「本当に俺以外と幸せになってほしくないな」と呟く友人の声が、自分のそれになんだか似ているように思えて嫌気がした。その後に続くのはたぶん、「俺と幸せになってほしかった」だ。聞かなくてもわかる。

 

渋滞は、まだ少しも前に進まなかった。僕は、永遠に10にできないナンバープレートを見つめる。