2017-01-01から1年間の記事一覧

ーこの世のすべての苦しみから逃れるには、やはり死ぬことしかないのだろうかー ウイスキーの水割りに溶けたチョコレートの絡んだおそらくは鮮やかな橙の蜜柑を皮ごと口に含みながら、走馬灯と共にそんなことを考える。口の中に小さな蜜柑に凝集された紀伊の…

銃を買った。 もちろんそれはモデルガンで人を殺す力なんて少しもない。それでも黒光りする金属製のズッシリとしたリボルバーは確かに暴力を内包しているように、僕には思えた。 装填できる弾は六発。誰に向かって打つかは、まだ決めていない。 これは、僕の…

スノウ・ホワイト

僕は彼女のことを「白雪」と呼んだ。 それは本当の名前ではなかったけれど、彼女はその名前で呼ばれることを好んだ。 本当の名前はわからない。 ◇ 彼女は精神科の待合室で出会った。 僕は少し前に巻き込まれたある事故のカウンセリングを受けに精神科に通っ…

吾輩は猫である

吾輩は猫である。というのが猫界隈では一番有名な書き出しであることに疑いはない。 尤も、私には名前がある。あの冷たい雨が降る夜に、私を拾ってくれたご主人がつけてくれた素敵な名前が。 あの日以来、私はこの家でご主人とご主人のお母様、お父様と暮ら…

嘘つきシューティングスター

風の噂で、君が結婚すると聞いた。 つけっぱなしのラジオから、チープで賑やかなヒットソングが流れる、星の綺麗な夜に。 君がこの部屋を出ていってから、もう二年になる。その間に、色々な女の子と付き合ったけれど、この部屋の細かなところには未だに君の…

僕が眼鏡を嫌いな理由

僕は眼鏡が嫌いだ。 眼鏡っ娘についてはまた別種の(宗教論争的意味を持った)議論が必要とされるけれど、少なくとも僕は、大変お世話になっているにも関わらず、自分でかけている眼鏡が嫌いだ。 僕の心には一つの言葉が楔のように呪いのように突き刺さってい…

汚ならしい公園の公衆便所の床にばら撒かれた鞄の中身を搔き集める。 口の中を切ったらしく、ひどく鉄くさい味がした。うがいをして、顔を洗い、鏡を見ると、虚ろな目がこちらを力なく見つめていた。身体のあちこちは痛むけれど、骨は折れていないようだ。彼…

鍋 sideB

「鍋が食べたいな、今夜どう?」とあなたに言う。季節は秋。木々は色鮮やかに葉を染めて、夜になれば虫の鳴き声が空に響く。そんな季節だ。 あなたが男のくせに綺麗な指で上着のボタンを閉める。その指で私も触れられたいな、と無意識に考えていたことに思い…

鍋 sideA

「鍋が食べたいな、今夜どう?」と君が言う。季節は秋。木々は色鮮やかに葉を染めて、夜になれば虫の鳴き声が空に響く。そんな季節だ。 君はお気に入りの燕脂のマフラーを首に巻きつける。白いセーターを着ているせいで、一瞬君が季節外れの燕に見えた。ちな…

よるがくればまた

夜になると、貴方を思い出す。それが私にかけられた呪いだ。 ◆ 私が貴方に関する思い出を引き出せるのは、日が沈んだあと、仄暗く光る夜が世界を包んだあとだけだ。太陽が空を支配する間は、何度も呼んだその名前も、いつも私を抱きしめてくれた優しい腕も、…

10枚で1000円のアルバムの8枚目

僕が愛してやまないTSUTAYAで時折「旧作のCD十枚で千円」というキャンペーンを行っているのを見かける。僕も度々この企画の恩恵に預かってというか、見事に彼らの策略にハマってというか、CDを借り込むのだけれど、この「十枚」という枚数が案外に難しい。 …

夏の終わり、秋の始まり

波の音で目が覚める。 見なれない天井とあたりに散らばる僕の残骸を見て、自分が海沿いのコテージにいて、昼食の後、何度か彼女と交わって、そのまま寝入ってしまったのだと言うことを思い出した。隣を見ると、真白なシルクのシーツに身を包んだ裸の君が無邪…

チェリー

それは春というにはまだ早く、冬と言い切るには少し遅い季節のことで、大学入試の二次試験も終わり、あとは卒業式と結果発表を待つだけのなんだか地に足がつかないような、そんな時期だった。 授業はとっくに終わっていて自由登校だったから、どうしてあの日…

僕は正しく厨二病なので。

僕は正しく厨二病なので、煙草やお酒やバイクみたいないかにも体に悪くて、PTAが顔をしかめるような、そんなものに心惹かれる。 もちろん盗んだバイクで走り出して、夜の校舎の窓ガラスを壊して回れたら、それは最高なんだけど、僕は尾崎豊の「15の夜」を聴…

特別寄稿:ワンピース

<今回のは僕が書いた作品ではないのですが、「書いたけど、発表の場がないから君のとこに載せてくれよ」と言われたので特別寄稿作品です。> 「私、ワンピースって嫌いなの」なんの脈絡もなくいきなり彼女が話出した。彼女の話はいつも突然だ。「ねぇ聞いてる…

変身

ある朝、僕がなんだかふわふわした夢からふと目覚めてみると、隣に眠る彼女が一羽の皇帝ペンギンに変わってしまっているのに気がついた。 それはもちろん、「猫みたいな女の子」のような、つまらない比喩ではなくて、彼女には嘴もあるし平べったい翼もある。…

風鈴

君に名前を呼ばれた気がした。窓際の風鈴がただ、寂しげに鳴いていた。 それは君が好きだった7月のよく晴れた空の色をしていて、そんなどうだっていいようなつまらないことが、僕にあの日の幼い約束を思い出させた。 ◆ あの頃、僕は潰れかけの美術部のたった…

僕は短編集が好きだ。

僕は短編集が好きだ。昔は「なんだか物足りない」と思って読んでいたけれど、いつの間にか僕は短編の正しい楽しみ方を身につけていたらしい。短編集は音楽で言うところのベストアルバムみたいなものなんじゃないかと僕は思う。 長編を読むほどの体力はないけ…

あの曲を聴くと

大学受験が迫った高校三年の冬、授業もほとんど課外に切り替わって、学校に来るも来ないも任意の期間。僕はストーブで温められた図書室で勉強をしていた。 これは何も僕に限った話じゃないと思うけど、勉強をしながらよく音楽を聴いていた。(もちろん音楽を…

世界の終わりとなんとやら

セカイが終わるところに立ち会いたい、と思う。それはもちろん僕らが生きるような広い「世界」の話であり、当然それよりもむしろ、誰かの恋心で終わる小さな「セカイ」の話だ。 90年代から2000年ごろまでかけてサブカルチャー作品群を席巻した、「君と僕」の…

Take Me Home Country Roads

僕が今住んでいるかの街は都会だ、なんていうと東京や世界の大都市で暮らしている人たちから怒られるかもしれないけれど、少なくとも僕は、何本も地下鉄が通っていて市の人口が僕の生まれた県の全人口にほぼ等しいこの街を都会だと思って生活している。 都会…

ブックオフに売ってないもの

「TOEFLの参考書がブックオフに売ってねえ!」って叫びを見た。 僕の個人的な感想として、どのブックオフを探してもなかなか見当たらないものNO.1はハヤカワSF文庫の特別面白いやつだ。他のものは大概売ってる。たぶん、愛や勇気や希望とかだって探せば置い…

そんなことはどうでもよくて、僕は焼き鳥が食べたい

夕暮れ時、東北の田園風景をディランの「風に吹かれて」を聴きながら電車で走り抜ける。村上春樹は確か「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」の中でディランの歌声を「雨降りの日に小さな男の子が窓の外を見つめるような声」と評していた。 僕にと…

夜明けと駄文

気がつけば6月で、もう今月で今年も折り返しだと思うと感慨深い。そもそも年始に新年の目標なんて大層なものを建てた覚えもないので当然達成の目処も立っていない。そうして今年も夏の足音はまるで日曜日の夕方に忍び込む憂鬱のように確かに今日に近づいてき…

憂鬱な午前七時前

大学に入って一年経って、すっかり怠惰な生活が身についてしまった。今となってはもう、どうやって中学の運動部時代を乗り越えたのか、高校に通うために毎朝6時に起きていたのか全く思い出せないし、もしもう一度やれと言われたとしたら断固拒否したい。 〈…

お知らせ

またなんとなく文章が書きたくなったので、パソコンが壊れて更新しなくなったホームページに書いていた文章を移植してみた。またぼちぼち書いていこうと思う。