2019-01-01から1年間の記事一覧

或る11月

僕は机に向かって手紙を書いている。下書きは必要なかった。何百回、何千回と書いた文章だ。一字一句まで完璧に記憶していた。11月30日、時計の短針が、午後十時を少し過ぎた場所を指している。窓の外からは風の音一つ聞こえてこない。今夜は新月だ。月の輝…

箱庭

夢を見ていた。 そこは高い壁に四方を囲まれていて、空だけが外と唯一繋がっていた。地面の半分くらいは少し茶色の混ざり始めた芝生に覆われていて、もう半分は石畳で作られた細い道と小さな広場がひっそりと自分の領地を主張していた。 広場には一本の楓の…

本を紙で買え

本は紙で買うべきだ。 別に街の本屋の回し者ではない。 応援はしているけれど。 携帯性、本を手に入れるまでのラグのなさ、手に入れられる本の種類、どれを取っても多分電子書籍に負けてしまうけれど、それでも(すくなくとも)気に入った本くらいは紙で持っ…

セカイ系にできることはまだあるかい?

天気の子を見たので感想をば…… セカイ系というジャンルがある。 「主人公(ぼく)とヒロイン(きみ)を中心とした小さな関係性(「きみとぼく」)の問題が、具体的な中間項を挟むことなく、「世界の危機」「この世の終わり」などといった抽象的な大問題に直…

海獣の子供を見た感想

「海獣の子供」https://www.kaijunokodomo.com/sp/ (原作:五十嵐大介 監督:渡辺歩)が6/7に公開となった。 せっかく見てきたので、感想と妄想を書きなぐっておこうと思う。たまには映画サークルっぽい文章を書いてもバチは当たるまい。ちなみに原作は未読…

Eye to eye

「君ってさ話をするとき人の目を見ないよね。」 彼女のそんな言葉がきっかけだった。昔から人の目を見るのがどうにも苦手だった。目は口ほどにものをいう。その通りだと俺は思う。目という小さな窓を通して、俺という人間の底。ひどく浅い底を見透かされてし…

UFO

小さなガラスのコップを傾けると口の中に芋の味が広がる。俺は芋焼酎が嫌いだ。次の朝、布団の中まで芋のにおいがするような気がする。今俺が芋焼酎を飲んでいるのはひとえに金がないからで、もし後千円多く財布に入っていたとしたら、代わりに日本酒を頼ん…

海の底・夜の底

僕は夢を見ていた。そこは海の底なのにひどく明るく、そして暖かかった。僕が息を吐くたびに小さな白い泡が、透明な遥か彼方の水面に向かって小さくなっていった。 少し離れた白い砂地で裸の彼女が踊っていた。離れていても、それが彼女だと僕にはわかった。…

楽器

それはまるで交通事故のように、ある日突然に訪れた。 上手く楽器が弾けなくなった。指の動きがぎこちない、音がたどたどしい。ベースがザラザラとした手触りの異質なものに感じられた。 幸いにしてバンドの仲間にはまだ気が付かれていないようだった。練習…

初夏

「お前ら付き合ってんだろ?」アイツがまた後ろの席で友人達にからかわれている。たぶん、私とのことだ。違ったら怒る。「別にそんなんじゃねえけど」アイツはいつもどおりの文句で投げやりに否定を繰り返す。おっといけない。気がつけば口角が上がっていた…

それは枯れた花束のように

テレビの横に置かれた萎びた花束が目に入る。時間に洗われて、飾られた当初の鮮やかさは抜け落ちつつある。俺には、うなだれる花が何かに謝罪し続けてているように見えた。 女に花を贈ったのは初めてだった。今まで母の日にでさえ、俺は花を買った記憶がない…

ひなげし

成人式で見た彼女は僕の知らない女になっていた。 ダサい丸メガネをアイラインに、野暮ったい三つ編みを明るい茶髪のふんわりした髪型に、揃いの修道女みたいな制服を派手なドレスに変えた彼女が誰なのか、僕にはわからなかった。 彼女のほうから声をかけて…