それは確かに愛だった

「眠れないの。いつもの、弾いて」

君は今晩も僕にそう頼む。僕は君にこのお願いをされるたびに胸に小さく感じる痛みが決して顔に出ないように精一杯のにこやかな笑顔でそれに応える。そう、これは業務の一環で、それ以上の意味は何もない。

僕と君の間に雇用者と従業員以上の関係がないように。

ゆっくりと冷たい鍵盤に指を下ろす。静かなピアノの音が月夜に響く。君に触れられぬこの手の代わりに、この音が君の髪を撫でるように。君に口付けられぬ唇の代わりにこの旋律が君を濡らすように。君の白く細い身体が夜の重さに壊されぬように。そう祈って僕は音を紡ぐ。それは、確かに愛だった。