春の夜

春生まれだけれど、一年のうちで春の夜が一番苦手だ。

決して嫌いというのではなくて、ただただ苦手だ。

夏の夜は蚊取り線香の匂いを嗅ぎながら空気にうっすらと残る熱と昼間の苛烈さによって強調される静けさを愉しめばいい。

秋の夜はゆっくりと本を読んで、夜によく似合う音楽(静かで読書の邪魔にならないようなやつだ)を聞いていればいつの間にか眠れる。

冬の夜はこたつに入りながら、よく暖房の効いた部屋で外で深々と降る雪に思いを馳せていれば過ぎていく。

 

だけど、春の夜は違う。春の夜は艶めかしく蠢いていて決して静かではないし、なんだかそわそわしてしまって本を読んでいても落ち着かない。暖かくて昼間に眠くなるのに夜になると気が昂ぶる。

夜桜が近くに咲いている時なんて、よくもまあみんな正気を失わないな、と思う。

見つめていたらどこか遠く、旧い場所に連れて行かれそうな恐ろしさが美しい夜桜にはある。

 

独りぼっちの春の夜で迷子になったら、僕はどうやって戻ってくればいいのだろう?そんな不安のつきまとう春の夜が、僕は苦手だ。