UFO

小さなガラスのコップを傾けると口の中に芋の味が広がる。俺は芋焼酎が嫌いだ。次の朝、布団の中まで芋のにおいがするような気がする。今俺が芋焼酎を飲んでいるのはひとえに金がないからで、もし後千円多く財布に入っていたとしたら、代わりに日本酒を頼んでいただろう。

 

 畳に脚を投げ出して座る女は、まだ二杯目のウーロンハイを飲んでいた。それでもだいぶ酔いが回っているように見えた。髪の色とウーロンハイの色が同じで、俺はそれがひどくおかしく思えて一人で笑いそうになった。

 

 居酒屋のすすけた天井のラジオからはニュースが流れっぱなしになっていた。確かアメリカ海軍が、UFOを目撃した際の報告手順を定める、みたいなニュースだったと思う。

 

アメリカはUFOとか宇宙人とか、そういうものを認めるってことかな。」

俺は女に尋ねた。

「そういうことなのかもね、だとしたら遅すぎるくらいだと私は思うけど。」

女はそう言って畳の上に投げ出した生白い裸の足を気だるそうに組みなおした。

「俺は思うんだけどさ、宇宙人はもう地球人にまぎれて普通に生活してるんじゃないかな、そんな風に考えることってない?」

 そういって顔を上げてテーブルに肘をつく女の顔を見た。そこには何の表情もなかった。能面。いやあれのほうがまだ人っぽい顔をしてるかもしれない。それは飲みすぎて嘔吐する寸前の顔にも見えたし、気を失っているようにも見えたし、別れた男のことを思い出しているようにも見えた。

 僕が口を開けないでいると女は表情を取り戻した。

「何の話だっけ。」

 笑う女の顔が、なぜか一瞬恐ろしく思えた。

「いや、大した話じゃないんだ。今こうして外を歩いているやつの中にももしかしたら宇宙人が混ざってるかも知れないって、そう思っただけだよ。」

「それって面白い考え方だね。気がついちゃったんだ。そのこと。でも、見分ける手段なんてないよね。もし、私が宇宙人なら、心も、身体も完全にこの星の生き物と同じく擬態するな。絶対にそうする。」

 俺はどうしてこの女と酒を飲んでいるのか必死に思い出そうとしたが、無駄だった。アルコールで麻痺した思考回路はもやがかかっていて、役に立つことなど何一つとして思い出せなかった。分からないから酒を飲んだ。喉を滑り落ちる厚い液体は俺の中に芽生えた仄かなおそれをやさしく溶かして言った。

「これを飲んだら行こうか。君も結構酔っ払ってるみたいだし。」

「まだまだ飲めるよ、でもいいか、二件目に行かない?」

 それとも、と女は僕の耳元に口を寄せて囁く。テーブルと女の身体の間に挟まれた乳房が柔らかさを示威するように押しつぶされて変形する。

「確かめてみる?私の身体は、地球人と見分けがつかないってこと。」

 甘い息が僕の耳と脳をくすぐる。

 

 宇宙人を見かけたときの報告手順もきっと世界のどこかでは定められているのだろう。

 けれど、どうだっていいと思った。部屋は片付けたっけ、宇宙人とするのにも避妊はいるんだろうか。いるんだろうな。だって彼女はさっき「私が宇宙人なら、心も、身体も完全にこの星の生き物と同じく擬態する」と言ったのだ。ならそれは地球人の女の子と寝るのと何も変わらないじゃないか。

 


 帰り道、赤く光るUFOを見た。夜空を指さしてそれを女に教えた。

「飛行機だよ。」

 そういって女は笑った。もう一度空を見上げてみた。それはやっぱり俺にはUFOに見えた。