銃を買った。

もちろんそれはモデルガンで人を殺す力なんて少しもない。それでも黒光りする金属製のズッシリとしたリボルバーは確かに暴力を内包しているように、僕には思えた。

装填できる弾は六発。誰に向かって打つかは、まだ決めていない。

 

これは、僕のお守りだ。この世界を包む気怠い重圧に押しつぶされないための。

 

         ◇

鞄の底に銃を突っ込んで学校へ行く。なんだかそれだけで自分が特別な人間になったような気がして、いつものように人で人を洗うような朝の満員列車も、あまり気にならなかった。

 

限られた六発で誰を撃つか考える。ぼんやりしていたせいで、授業中に指名されたことに気が付かなかった。僕を指名した数学の教師がそのことについて何かくだらないジョークを言って何人かが笑う。決めた。最初に撃ち殺すのは彼にしよう。

 

         ◇

 

授業を終え、教室を出る彼を追いかける。アイロンがけされたシャツ、片手に持った教科書、まだ黒々とした髪を後ろから見つめる。渡り廊下には他に人はいない。先生も、僕に気が付いていない。足音を殺し、息を潜め、出来る限り近くまで近づく。心臓が煩いくらいに高鳴る。ズボンのベルトに差し込んだ銃を引き抜き、後ろ手に撃鉄を上げ、両手で銃を構える。少し銃口が震えているのを見て、僕は自分の手が震えていることに気がつく。

 

首元に狙いを定めて、引き金を引く。

さよなら、先生。その瞬間、僕には確かに首から鮮血を撒き散らす先生が見えた。

 

カシャン

 

という音がしてリボルバーが回る。その音が意外に大きくて僕は死んだ先生が振り向きやしないかと肝を冷やす。でも、それは振り向くことなくそのまま渡り廊下を超えて、階段の向こうへと消えていった。

 

僕の手の中には5発になった銃とやってやったのだという高揚感と興奮が残されていた。

 

         ◇

 

一回目を終えてしまえば二回目や三回目は何ということはなかった。僕はその日、学校を出るまでに先生の他に三人を殺した。

一人は気に入らない先輩を。一人は勉強のできるクラスメイトを。一人はいつまでも僕に振り向かない君を。

先輩は喉元を撃ち抜いた。これで少しは静かになるだろう。

クラスメイトは頭を撃ち抜いた。黄色や赤の液体と、彼が必死に詰め込んだ知識が流れてリノリウムの廊下に広がっていくのが見えた。

君は胸元を撃ち抜いた。きっと服の上からでもわかる形のいい色白の君の乳房には穴が空いて、僕が欲しかった真紅の心臓にも手が届くだろう。

 

そして帰り道、暗くて寒かったから前を歩く大きな買い物袋を持った女を撃ち殺した。

緑のセーターの腹に空いた穴から血が流れ出して、白のジーンズに染みていくのが見えた。暖かな血が流れても、それでもまだ寒かった。

 

カシャンカシャンカシャンカシャン。四回音がした。

 

         ◇

 

家に帰り、柔らかな太陽の匂いのするベッドに寝転がる。

五発を撃ち終えた僕は、朝出かけたときよりもこの世界を素晴らしく感じていた。力を持つことは素晴らしい。それが、指先のほんの小さな力で行使できる、大きな力ならば、なおさら。

 

最後の弾は誰に打ち込むか、最初から決めていた。

僕は銃口を加え軟口蓋に強く押し当てる。先生を消し、先輩を黙らせ、優等生の知識を吸い、君の心臓をえぐり、女の腹に穴を空けた力の象徴を咥えているという事実は僕をひどく興奮させた。

 

撃鉄を起こし、引き金を引く。カシャン、リボルバーが嘘くさい音を立てて回った。

 

スノウ・ホワイト

 

僕は彼女のことを「白雪」と呼んだ。

 

それは本当の名前ではなかったけれど、彼女はその名前で呼ばれることを好んだ。

 

本当の名前はわからない。

 

                                    ◇

彼女は精神科の待合室で出会った。

 

僕は少し前に巻き込まれたある事故のカウンセリングを受けに精神科に通っていた。

 

彼女がなぜ、通院していたのか、後になって何度か聞いたけれど、結局教えては貰えなかった。ただ、毎週水曜日、僕が通院するたびに彼女はいつも待合室にいた。

 

最初は会釈をする程度の関係だったけれど、白い雪のちらつくある日に「よくお会いしますね」と彼女に声をかけられた。

彼女は12月の深夜に降る雪のように白い肌をしている綺麗な女の子だったし、それにカウンセリングを待つ間、暇を持て余していたからそのまま彼女と話をした。

彼女に名前を尋ねると「わけがあって名前は教えられないの。あなたが好きなように呼んでくれていいわ。あんまり酷いのは困るけれど」と言われた。

「なら、白雪っていうのはどうかな、ちょうど雪も降っているし」12月の深夜の雪のような白い肌に目を引かれたからだ、とは言えず、そういった。

「白雪、ね。気に入ったわ、そう呼んで。これからは林檎を食べるときは、毒が入っていないか確かめなきゃ。」

「魔法の鏡と女王にも気をつけたほうがいい。」

それから毎週水曜日は少し早めに病院に出かけて、白雪と待合室で話をするようになった。

 

聞いてみると、白雪は僕の通う大学のすぐ近くにある絵の専門学校に通っているということだった。白雪の書いた絵を幾つか見せてもらったけれど、何か不安と不穏を孕んだ、そんな印象を受ける絵だった。「ある種の絵っていうのはね」白雪は言った「作者じゃなく、鑑賞者の心の中を映し出すものなのよ」

 

         ◇

ある雪の降る夜に、白雪を夕食に誘った。

「林檎が出ないなら行く」と言って、彼女はにやりと笑った。

背伸びをして予約した高級なレストランに、白雪は自然に溶け込んだ。もともと白い肌に深夜二時のように黒い髪をしている美人だったけれど、フォーマルな黒のドレスを着た白雪は料理の味がわからなくなるくらい綺麗だった。

「すごく素敵なレストランね、初めて来たわ。こんなお店。」と白ワインのグラスを傾けながら白雪が言う。

「それは良かった。背伸びをした甲斐があったよ」

「それで、このあとはどうするのかしら」

「あ…この後のことは全然考えてなかったな」

「ふぅん…じゃあこうしましょう。外に出て、まだ雪が降っていたらあなたの家に行く。雪が止んでいたら、そのまま帰る」

僕は窓の外を見る。雪は夕方から勢いを増すばかりで止みそうにはない。

「それは、つまり、そういうことなのかな」

と尋ねる。

「さぁ、どうかしら。さぁそろそろ行きましょ、雪が止む前に。」

 

          ◇

ベッドの中で、つるりとした裸足で太ももを撫でられたので、冷たいと文句を言うと私冷え性なのよ。と返された。

白雪の躰は細く、冷たかった。触ったら僕の熱で溶けてしまいそうだ、と伝える。早くあなたの熱で溶かして。と耳元で甘い声が囁く。そっと触れると12月の雪が僕の指を少し湿らせた。

 

          ◇

そういえば、と事を終えたあとで思い出したように白雪が言う。どうしてあなたは毎週水曜日に陰気な精神科なんかに通っていたの?

僕は僕の巻き込まれた事故と、目の前で仲のいい女友達が死んだことを話す。

「それでね、」白雪の深みのある黒い髪を指で梳かす。

「僕が一番ショックだったのは、冷たくなっていく彼女を見て、可哀想でも、悲しいでもなく、『綺麗だ』と感じたことだったんだ。だって彼女は、本当に僕の友達だったんだよ。」カウセリングでも話さなかったことを口にする。

 

「ねぇ、私の躰と彼女の躰とどっちが冷たかった」

 

そう白雪が聞く。

何も答えずにいると、白雪の細く冷たい指が彼女の裸の喉に僕の暖かな両手を導く。

あの時と同じだ。

白雪はきっといつか毒林檎を食べて死んでしまうだろう。もしかするとその前に、僕がさっき与えた熱で溶けてしまうかもしれない。

どうせいつか壊れるなら、僕が。

 

「絞めて」

 

と言う誰かの声が遠くで響く。

窓の外ではまだ雪が降り続いている。おそらく、明け方まで止まないだろう。

吾輩は猫である

 

吾輩は猫である。というのが猫界隈では一番有名な書き出しであることに疑いはない。

 

尤も、私には名前がある。あの冷たい雨が降る夜に、私を拾ってくれたご主人がつけてくれた素敵な名前が。

あの日以来、私はこの家でご主人とご主人のお母様、お父様と暮らしている。

部屋は雪が深々と降るこんな夜でもぬくぬくと暖かいし、もらえるご飯はとても美味しい。たぶん私は世界でも有数の幸福な黒猫なんじゃないだろうか?

 

玄関の開く音がする。私は帰ってきたご主人を出迎えに行く。彼は長めの私とおそろいの黒い髪に乗った雪を払って「出迎えありがとう」と言って冷たいままの手で私の頭をなでてくれる。私はにゃあと鳴いて、リビングに向かう彼のあとを追いかける。

 

 

         ◇

 

夜が更けるに連れて真白な雪はどんどんと積もっていく。こんなに降ったら、私だけじゃなく犬もこたつで丸くなりたくなるんじゃないだろうか?

 

ご主人の部屋の窓から外を眺めていると風呂に入ってあとは寝るだけといった様相のご主人が戻ってきた。

しばらく、ケータイ電話を触った後にご主人が私の方を向いていやに真剣な顔で呼びかける。

「葵…かな、いや、葵…さんのほうがいいかな」

うにゃ?私の名前は「アオイ」ではない。断じて。あまりに寒くて脳みそまで凍ってしまったのだろうか?

「やっぱりダメだな。自然に呼べる気がしない……」

そう言ってご主人が肩を落とす。

その照れくさそうで、それでいて少し嬉しそうな顔と、知らない女の名前からなんとなく事情が掴めてきた。

おそらく、ご主人は好きな女の事を名前で呼ぶ練習をしているのだ。

ニャンと女々しい……それに、私だって女なのだ。女と一緒にいるのに、他の女の名前を呼ぶなど言語道断。女心がわかっていない。だから誰ともつがいになれないのだ。

そんな非難の意もこめて、にゃあと鳴く。

「なんだ、返事してくれたのか?お前は本当に可愛いなぁ」

そう言って彼はいつものように私の頭を撫でる。違うんだけどなぁ、と思いながらもその優しい手が心地よいので、まぁいい。

 

いつか、その大きくて少し硬い手のひらが、ご主人の好きな女を撫でるのだろうか。

もしそんな日が来たら、私がその女を見定めてやろう。私のご主人に、ふさわしいかどうか。

でも、今はこの手は私だけのものだ。

 

嘘つきシューティングスター

風の噂で、君が結婚すると聞いた。

つけっぱなしのラジオから、チープで賑やかなヒットソングが流れる、星の綺麗な夜に。

 

君がこの部屋を出ていってから、もう二年になる。その間に、色々な女の子と付き合ったけれど、この部屋の細かなところには未だに君の香りが少し残っているような気がする。

君が選んだカーテン、君がくれた目覚し時計、君が好きだったアーティストのアルバム。

何が原因で別れたのだったか、あまり覚えていない。たぶん、小さなエラーが積み重なって、いつのまにか大きな溝になっていたのだろうと思う。

とっくに終わった恋だから、そんなに胸は痛まないけれど、君のことを考えるとなんだか懐かしく暖かな気持ちになる。

 

柔らかな匂い、鈴のなるような軽やかな声、静かな秋の夜のような瞳。靴を履くときにいつも左足から履く癖、髪を洗ってもらうのが好きなこと。初めて見る積もった雪にはしゃいで風を引いたこと、控えめな胸、白く細い指。

 

どうか、誰よりも幸せになってほしいと思う。あの日のずっと一緒にいようという幼い約束は寂しい嘘になってしまったけれど、この思いに嘘はない。

 

ベランダに出て煙草に火をつける。そういえば君は僕が煙草を吸うのを嫌ったっけ。

 

風に流されて雲に変わる煙草の煙を見つめていると、視線の先で流れ星が空を駆けた。

僕のサヨナラが、流れ星に乗って君に届けばいい。この嘘みたいに美しい星の夜に。

 

 

僕が眼鏡を嫌いな理由

僕は眼鏡が嫌いだ。

眼鏡っ娘についてはまた別種の(宗教論争的意味を持った)議論が必要とされるけれど、少なくとも僕は、大変お世話になっているにも関わらず、自分でかけている眼鏡が嫌いだ。

 

僕の心には一つの言葉が楔のように呪いのように突き刺さっている。

僕が眼鏡をかけ始めた小学生の頃に、当時好きだった女の子に穿たれた呪いだ。

 

「君って、眼鏡をかけてると性格悪そうだよね」

 

繊細で感じやすい僕の柔らかな心はその心無い言葉に大変傷つけられた。それは幼かった僕に、「人前ではなるべく眼鏡をかけないようにしよう」そう決意させるには十分すぎる呪いの言葉だった。

 

僕はあれから随分経ったいまでも、なるべく人前では眼鏡をかけたくないなぁ、とそう思う。

それがもう顔も忘れてしまったような女の子からかけられたものでも、僕の心は未だにその呪いに縛られている。

 

このことから、僕らは一つの教訓を得ることができる。

幼い純白の心に傷をつけるのに、ナイフは要らない。無邪気の棘を孕んだ言葉一つでそれは簡単に傷ついて、消えない跡を残すのだ。

 

せめて、その傷の深さを知っている僕は、これからどこかで出会う幼い心に醜い跡を残さぬように生きていきたいと思う。

 

それが眼鏡を嫌う僕の、願いだ。

汚ならしい公園の公衆便所の床にばら撒かれた鞄の中身を搔き集める。

 

口の中を切ったらしく、ひどく鉄くさい味がした。うがいをして、顔を洗い、鏡を見ると、虚ろな目がこちらを力なく見つめていた。身体のあちこちは痛むけれど、骨は折れていないようだ。彼らはその辺りの加減は本当に上手い。殴るなら、顔以外を。傷をつけるなら心に。折るなら骨では無く、プライドを。

そうして自分たちが、少なくとも他の弱い誰かよりも強いことを確かめて、安心して明日も生きて行くのだ。

 

もしかしたら、もしかしたらそんなふうに彼らの安っぽい惨めな自尊心を満たすことが、僕が存在する、たった一つの意味なのかもしれないな。と思う。

どうせ、家に帰っても再婚を控えた母に疎まれるだけだし、友人と言われても誰も思い当たらない。

「生きていることは、それだけで素晴らしい」とヒットソングは歌うけれど、必要もされていないのに生きていることは本当に素晴らしいことなのだろうか?

 

夕暮れに染まる錆びたブランコを揺らしながらそんなことを考えた。

 

いっそこのまま帰らずに、どこかへ消えてしまおうか、そう思ってズキズキと痛む足を引きずって公園を出る。

 

公園の目の前の交差点のガードレールの隅にいくつかのお菓子と花が捧げられていることに気がつく。

そう言えばひと月ほど前、小学生がここで交通事故にあって死んだと何かで見た気がする。

もし、僕が死んだとしたら、たった一日でさえ、誰も花を捧げてくれはしないだろう。悼んではくれないだろう。泣いてはくれないだろう。

どうして、死んだのは彼で、僕ではなかったのだろう?

僕が、生きていることにもなにか必然性はあるのだろうか?

 

町は夕焼けで赤く染まっていって、涼しい秋の風が僕の頰を撫でる。木々のざわめきは耳に優しく、やわらかくどこか懐かしい匂いが鼻腔をくすぐる。

僕は見知らぬ君の死を悼む。

生垣から細く伸びる濃い紫のコスモスを手折り、ガードレールの隅に並べられた花の列に加える。

 

明日も生きていくの?と僕は僕に問いかける。生きてくよ、と僕は答える。

たとえそこに、何の意味がなくても。僕はそういうことに今、決めたのだ。

鍋 sideB

「鍋が食べたいな、今夜どう?」
とあなたに言う。季節は秋。木々は色鮮やかに葉を染めて、夜になれば虫の鳴き声が空に響く。そんな季節だ。
あなたが男のくせに綺麗な指で上着のボタンを閉める。その指で私も触れられたいな、と無意識に考えていたことに思い当たって恥ずかしくなる。そもそも私たちは付き合ってもいないのに。

 

「鍋か、いいね。どっちの家でやろうか。僕の家は散らかってるから、出来れば君の家がいいんだけど…」
「……下着干しっぱなしなんだけど、持って帰ったりしない?」
「……外で待ってるから隠してくれよ」
そんな軽口を叩きながら、構内を歩く。下着が干しっぱなしなんて、本当は嘘だ。今夜鍋に誘おうと思って、昨日の夜に部屋を片付けて掃除機だってかけた。

 

「今日も何か映画を借りて行こうか」
とあなたに言ってみる。
「映画サークルの対面を保つためにもそうしようか」
「たった二人しかサークル員はいないけどね」
「新歓でもすれば誰か来るかもよ」
「…それはちょっと面倒くさいなぁ」
後輩ができるのも、それはそれで面白そうではあるけれど、私はあなたとふたりぼっちで居られる今の状況がとても好きだ。先輩には悪いけれど、このサークルはこのままふたりぼっちで終わらせてしまおうと思う。

 

                               ◆

 

駅前のDVDショップで映画を借りたあと、鍋の材料を私の家の近くのスーパーで買い込む。
人参、大根、ネギ、白菜、きのこをカゴに入れて、肉を牛肉にするか豚肉にするかでじゃんけんをして、私が勝って牛肉を買うことになった。あなたは気がついていないみたいだけれど、あなたはじゃんけんの時必ず最初にチョキを出す癖がある。肝心なところで勝てるよう、あなたには黙っておこうと思う。
二本の缶ビールと「鍋には絶対日本酒だよ」と言う私の言い分によってカゴに入った日本酒も買って店を出た。

 

店を出ると空はすっかり橙に染まっていて、電灯があなたの横顔を照らしていた。顔は悪くないし、話せば面白いし、優しいし、何も言わなくても買い物袋を持ってくれるくらいには気が利いてなかなかいい男だよなぁ、としみじみ思う。
「日が短くなったねぇ」
「もうすぐ冬だからな」
「私寒いのは苦手なんだよなぁ…冬眠しようかな」
「冬眠すると動物は脂肪が落ちて痩せるらしいぞ、ちょうどいいかもな」
前言撤回、優しくないし、気も利かない。
「……嫌い、しばらく外で凍えてて」

 

干しっぱなしの下着をしまうふりをする間、ちょっと外で頭を冷やしてもらうとしよう。


                               ◆

 

鍋が出来上がるのを待ちながら、ビールを飲んで、映画を見る。鍋から出た白い煙が天井に吸い込まれて消える。大したストーリーのない、有りがちなB級アクションだったけれど、ビールも美味しかったので、まぁありがちなB級映画なりに楽しめた。ヒロインがピンチに陥ったあたりで鍋が完成して、B級にふさわしいサービスショットを見ながら鍋を食べた。
「美味しいねぇ」
「うん、なかなかだ」
「サービスシーンもなかなかだねぇ」
あなたが画面に見入っているのでからかってみる。
「かなり見応えがあるな」
ちらとみると当然ながらB級ヒロインは私よりもおっぱいが大きくて、なんとなく腹が立ったので肘を入れたくなった。

鍋と一緒に日本酒を飲んでいたら、そんなに強くない私はあっという間に酔ってしまった。酔っている私を見てあなたは笑っていたけど、あなただって顔が赤いよ。

                               ◆

 

「鍋、ごちそうさま。もう遅いし、そろそろ帰るよ」
あなたがそう言う。私は「もう帰っちゃうの…?」とすごく悲しそうな顔をしてみる。お酒の力を借りれば、私にだってこんな大胆なことが言える。
「……じゃあもう少しだけ飲んでいくよ」
「ふふっ、本当に私に甘いね」
そんな甘さの中に、私はあなたの確かな私への好意を感じて、とても幸せな気分になる。

 

                              ◆

 

気がついたらあなたに抱きかかえられていた。どうやら、あの後すぐ、床で眠ってしまっていたみたいだ。見かけよりも逞しい腕にちょっとドキドキしながら、なんだか気恥ずかしくて、寝たふりを続ける。
優しく布団に降ろされる。あなたの手が私の頰の方に近づいてきて、口づけでもされるのかと寝惚けた頭でちょっと期待する。彼が私を友達として好意を向けてくれているのか、異性として好意を向けてくれているのか、私にはまだわからない。もし、異性としてだったら、私はちょっと嬉しいのだけれど。

 

彼の手は私の頰を通りすぎて、その細く長い髪を梳く。私は飼い主に深く愛された黒猫のような気分になって、途端に眠気が押し寄せてくる。

 

彼がおやすみを呟いて、部屋を出て行く。酔って眠った女の子に手を出さない紳士なところも好きだ。きっと彼が好意を私に示してくれるとしたら、すごく不器用で、真面目で、暖かな形だろう。
まだ私はそこまでの贅沢は望まない。とりあえず今は、明日もあなたに会える。それだけで十分だ。