2018-01-01から1年間の記事一覧

Simply having a wonderful Christmas time

先輩にクリスマスイヴに呼び出されたので、ほんの少しだけ期待に胸を膨らませて出かけていった先で俺はサンタクロースのコスプレをさせられた。なんでもケーキを売る単発バイトで一人無断欠勤が出てシフトに穴が開いたらしい。 断ろうと思ったが半泣きの先輩…

la petite mort

腰に回された硬い腕の感触で目が覚める。枕元の彼の好みで買った深緑の目覚まし時計は午前二時半を指していた。彼の腕をそっと外して気怠い身体を起こす。シングルベッドが小さく鳴いた。 彼とこうして寝るのは何度目だろうか。初めのころは手帳に小さくハー…

渇いたキス

行為が終わった後、ベッドに腰かけてサイドテーブルの上の煙草に手を伸ばす。オイルライターのひんやりとした温度が火照った手のひらに心地よく伝わる。手入れの手間はあるが、僕は使い捨てライターではなく、オイルライターで煙草を吸うのが好きだ。それが…

「髪、切ったんだね。」 僕は肩ほどまでもあった彼女のつややかな黒い髪に思いを馳せる。 「そうなの。彼、短いほうが好きだっていうから。」 そう言って彼女は柔らかそうなボブの毛先を指先でもてあそぶ。そういえばあいつは昔からショートヘアの女の子が好…

ピアニッシモ

「それ」に気が付いたのは三日前のことだった。 彼の机に置いてある灰皿に入れられた一本の細い吸い殻。私は彼がその銘柄を買ったことすらないことを知っている。そもそもそれは一般的には若い女性が吸う銘柄で、そのことが私の中の疑念を大きく育てた。 「…

あの日の僕らは花火を見てた

遠くの夜空に花が咲く音で目が覚めた。 それが実際の夜空に咲いたものだったのか、それとも僕の夢の中に咲いたものだったのかはよくわからない。 どうやら僕は研究室の机に突っ伏して、いつの間にか寝てしまっていたらしい。その証拠に暗い部屋で煌々と輝く…

『「君の話」の話』

「三秋縋」という人は,僕にとって神様の一人みたいな作家だった。 「三日間の幸福」を読んだのは高校生のころだったと思う。あのころ(高校生がよく感じる)どこにも行けない・何者にもなることのできない閉塞感にとらわれていた僕はあの作品を読んで,「あぁ,…

紫陽花

ここ数日雨が続いていて、僕はとても嬉しい。 いつだったか雨宿りを兼ねてたまたま入ったこの古びた小さな隠れ家のような喫茶店が気に入って、僕は空が泣いたときにだけここに来ている。 「雨の日にしかここに来ない」と行ったが、それは正確ではない。ここ…

サボテン

育て始めるまで、「サボテン」というのは英名だと思っていた。なんでも、サボテンの一種を「シャボン(石鹸)」の様に昔の人は使っていて、彼らを「シャボテン」と呼んでいたらしい。それが訛ってサボテンになったのだとか。 英名は…何だったかな、花屋の店…

恋人の日

「え?」 気になるクラスメイトの女の子の言葉を聞き逃すような男はロクな男じゃないんだけど、僕は彼女の口から出た「放課後私とデートしない?」という言葉が、僕のあまりに都合のいい聞き間違いに思えて思わず聞き返してしまった。 「見たい映画があるの…

水色の街

この世界は夏が来る前のまま、立ち止まっている。 静かな銀の湖面を臨む街で雨の降らない水彩絵の具で描いたような空がいつまでも続いていることに気がついているのはたぶん、僕一人だ。 毎朝同じ時間に目を覚まして、同じ服に着替える。着替え終わる頃には…

ナイフ

僕が好きだった彼女は死んだ。僕がその白い首を締めて殺した。段々と細くなる呼気をひゅーひゅーと洩らしながら彼女は恍惚とした表情をしていた。 彼女は不死の呪いに掛かっている。へそ曲がりの神様が「ずっとこのまま居られますように」という彼女の祈りを…

赤い糸

ある晴れた木曜日の午後、気まぐれな神様のいたずらのせいで僕らの小指には赤い糸が結ばれた。うまく夫婦や恋人同士が繋がっていた人は良かったけれど、そうじゃ無かった人たちも結構多くて、世の中は最初結構混乱したらしい。 それでも、不確かな「恋心」で…

春の夜

春生まれだけれど、一年のうちで春の夜が一番苦手だ。 決して嫌いというのではなくて、ただただ苦手だ。 夏の夜は蚊取り線香の匂いを嗅ぎながら空気にうっすらと残る熱と昼間の苛烈さによって強調される静けさを愉しめばいい。 秋の夜はゆっくりと本を読んで…

Be strong now

じいちゃんが教えてくれたBe strong now を口ずさむ。有名な曲だし、たぶん、君も一度はどこかで聞いたことがあるんじゃないかと思う。 空梅雨で雨が少ないから、大きな橋の下を流れる川の水量もこころなしか少ないように思える。春と言うにはだいぶ遅く、夏…

ピアス

「ねぇ私、ピアスを開けようと思うの」 ある晴れた3月の朝に彼女はそういった。 「へぇ、いいんじゃない、大学デビュー?」 高校三年生の春休み、お互い大して勉強をしなくても余裕で入れる地元の大学の合格も決まって、小学校から続く僕らの腐れ縁がこれか…

夜空一杯の星を集めて

ひどく雨が降っていた。春なのに、すごく寒かった。透明なビニール越しに見える滲んだ街明かりがひどく昔に忘れられた宝石箱のように光っていた。 ずっと好きだった女の子に思いを伝えようとした矢先の出来事だった。彼女は去年からのクラスメイトで、今年も…

彼女は夜空を背負ってた

彼女は夜空を背負っていた。僕は、彼女のきめ細やかで白い肌に浮かぶ黒子をつないで、夜空に星座を見出した。 首筋に浮かぶ北極星を中心に二人だけで星座と神話を紡ぐのが、僕らが一緒寝た夜の決まりごとだった。 「今日は何が見つかった?」 「『電気羊の夢…

バレンタインデー

「ねぇ、チョコレート欲しい?」そう声をかけられて顔を上げると、想像していたよりもずっと近くに千鶴の顔があって、改めて近くで見るとこいつホントに鼻筋が通ってて肌白いしまつげも長いなーとかなんとか考えて、小っ恥ずかしくなって、気がつけば「いら…

ポケットの中の恋愛

僕と彼女がつながったのは、二ヶ月前のことだ。十月のある晴れた朝、ポケットの中に君の手が潜り込んできた。 何も入れていなかったはずのポケットの中に、突然柔らかく冷たいものが入っていて酷く驚いた。驚いて手を引き抜いて、恐る恐るもう一度手を差し入…

完璧な日曜日

目が覚めた時、完璧な日曜日のお膳立てが整っていることに気がついた。 洗濯は一昨日したばかりだし、掃除機は昨日かけた。何より布団に包まっていた僕を優しく起こした午前10時の緑の風と黄色の日差しが僕にそれを告げていた。 大きく伸びをして布団を這い…

それは確かに愛だった

「眠れないの。いつもの、弾いて」 君は今晩も僕にそう頼む。僕は君にこのお願いをされるたびに胸に小さく感じる痛みが決して顔に出ないように精一杯のにこやかな笑顔でそれに応える。そう、これは業務の一環で、それ以上の意味は何もない。 僕と君の間に雇…